「Hello Bread!」をテーマに開催する『世田谷パン祭り2021』。
それぞれの地域に根ざして毎日の暮らしを支えてくれるベーカリー、新しいパンのあり方を提供するベーカリー、パンをもっと楽しむ食べ方を提供するお店など、改めての出会いや驚き、わくわくのある、いろいろなパンと「Hello!」と出逢える機会をつくろうと考えています。

このテーマのもと、日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくる、パンの研究所「パンラボ」主宰の池田さんが、『世田谷パン祭り2021』に関わるベーカリーのみなさんとお話をしてきてくださいました。

今回のお話のテーマは「Neighbors / 暮らしを支えてくれる地域のパン」について。

コロナ禍で暮らしの自由を奪われたわたしたち。
そこに豊かさを与えてくれたのは身近にある、街のベーカリーとパンだったのでは、と思っています。
食べることは生きること。
遠くにもいけない、閉ざされた状況のなか、暮らしを楽しみ生きようとするなかで、街のベーカリーのパンはわたしたちに毎日の楽しみを与えてくれました。

「世田谷パン祭り」へ参加するベーカリーの中にも、そんな地域に密着したお店が数多くあります。
今回は、世田谷のベーカリー「Salut!!(サリュー)」さんを池田さんが訪ねました。

世田谷の馬事公苑近くにあるパン屋「Salut!!(サリュー)」。
店頭に掲げられた「Salut!!」(フランス語で「こんにちは」という意味)というやけに大きな看板が、街を行く全員に挨拶しているようだ。
店主の末次佑介さんはひとりでパンを作る。
それだけではなく、夕方以降はひとりで接客も行い、まるでワンマンバスのようだ。
でも、それを”大変”だとは少しも思ってないようで、むしろ楽しそうだ。

「接客が苦手で、修行時代は製造しかやってませんでした。
でも、前にいたお店(三軒茶屋の「ブーランジェリーボヌール」)で店長になって、接客をするようになったとき、今までやってなかったけどすごく楽しいなと思ったんですよね。
パン屋に来る人って、しゃべりに来ていたり、人に会いに来るって目的の人もいるんだって気づいた。
自分の店を出したらお客さんとコミュニケーションをとるようにしようって思ったんです。
気軽にみんながきて、しゃべって、パンを買って帰る、みたいなのがいいなって」

末次さんが修業をしていたフランスでは、パン屋さんに入ると誰もが「ボンジュール!」と挨拶される。
顔見知りになったときには「サリュー!」と言われるようになる。
末次さんとお客さんの関係は、店名通りのそんな近しさだ。

「うちは駅から遠いこともあり、お客さんはほぼ近所の人。
8〜9割のお客さんの顔は覚えています。
パンを作ってても、店の前を常連さんが通り過ぎていくとわかるんです。
それだけじゃなく、自転車で通った人、店の前のバス停で待ってる人、車に乗って信号待ちをしてる人も。
店に来たとき『この前通ったでしょ?』って言われたら、向こうもうれしいと思うんです。
(販売担当の)パートさんもコミュニケーション上手。
僕以上にお客さんの顔を覚えてくれてます」

コンビニで買い物するときは、話をしないどころか、目も合わせないことも多い。
そんなとき「人としてどうなんだろう」って店を出たあとちょっと反省することもある。
そこへいくと、街のパン屋さんでは、ただパンを買うだけではなく、笑顔になれる。
それがいいところだと思う。

おばあさんが棚の前でパンを選んでいるとき、末次さんがさりげなく寄っていって「雨やんでよかったですね」と声をかけた。
なんとなく暗い表情だったおばあさんが笑顔でうなずいている。
リタイアすると仕事にも行かなくなるし、家族に先立てれてしまうこともある。
そうすると、1日誰とも話をしないなんてこともざらなのではないだろうか。
もしそんな境遇だったら、パン屋さんで話しかけられることが、涙が出るほどうれしいこともあるだろう。
ただでさえ、緊急事態宣言下では誰もが人に会う機会を奪われ、心の健康が崩れることも問題になった。
パンのあたたかさ、笑顔の尊さはわたしたちにとって必要だ。
街のパン屋さんはとても大事な役割を担っている。

池田浩明 「パンラボ」主宰
ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰。日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)。