世田谷と青山には、東京を代表するパン祭りがあります。お互いに注目しながら、それぞれの「パン祭り」を成長させてきたこれまでと、コロナ禍を経て再び動き出したこれからのことを、主催するふたりで語りました。
間中伸也(世田谷パン祭り 実行委員長)× 黒崎由起子(青山パン祭り 実行委員会)
パン祭りの10年
黒崎 世田谷パン祭りは今年が11年目ということで。これまでの10年を振り返ってどうだったかというのをお聞きしたいなと思っています。
間中 10年前にはじめた当時、参考になるイベントが周りになくて、パン屋さんが出てくれるかも定かでないような、そんな状況で手探りではじめたんですが、40店舗ぐらいが出てくださいました。イベント当日には、SNSを通じてだと思うんですけど、7,000人ぐらいの人が来て、あっという間にパンが売れて、本当にびっくりしましたね。
その時から回を重ねるごとに、地域に根差した地元の人も楽しめるイベントとして成長してきたと思います。
黒崎 世田谷パン祭りは、地元感がありますよね。
間中 夏になると地元の人に、今度いつやるの?みたいに道すがら質問されたりとか。運営するメンバーやボランティアのスタッフたちも、毎年変わらず来てくれたり。昭和女子大学の学生さんなんかはずっと手伝ってくれてますけど、卒業して社会人になってもまた戻ってきてくれるとか。あと地元の池尻児童館に通ってた中学生の子が手伝いに来てくれて、今は高校生になったけどまた来てくれる、みたいなことがあって。そういったつながりがやっぱりうれしいなって思いますし、積み重ねていくことがとても大切だと感じています。
黒崎 そもそも「パン」をテーマにしたのは、何か理由はあったんでしょうか?
間中 世田谷パン祭りを始める前に、三宿四二〇商店会っていう商店会を立ち上げて、地域を盛り上げたいっていう気持ちがまず先にありました。商店会の加盟店にもパン屋さんが何店舗かあって、周辺にも有名なパン屋さんがたくさんあったんで、世田谷でパンのイベントをやれば、たくさんの人が来てくれるかもしれないというのが最初のきっかけです。
黒崎 世田谷パン祭りが大切にしていることとか、変わらないコンセプトのようなものはありますか?
間中 10年前から『世田谷はパンの街』というコンセプトを掲げていて、世田谷や三宿といった地域を盛り上げることです。もうひとつはやはりパン屋さんを応援すること。この二つの軸でずっとやってきてるのが世田谷パン祭りかなと思ってます。これからも変わらない部分ですね。
ハローブレッド
黒崎 今年の世田谷パン祭りは『ハローブレッド!』がテーマですけど、どのような思いを込められたんでしょうか。
間中 一回目の2011年は東日本大震災がありまして、その時のテーマがShare Our Pain(シェア・アワー・ペイン)だったんです。痛みを分かち合うということと、パンを分かち合うっていう二つの意味をかけ合わせてたんですね。
そこからちょうど10年目の2020年はコロナ禍に見舞われて、オンライン限定で開催したんですが、テーマをBreak Bread(ブレーク・ブレッド)としました。ブレークブレッドにはパンを分かち合うっていう意味があって、ブレーク=休憩するっていうことと、分かち合うことでパンやつながりの大切さを思い出す、そういう二つの意味をかけていました。
今年は昨年の休憩からふたたび新しい一歩を踏み出そうということで、Hello Bread!(ハローブレッド!)です。10年を経ての節目でもありますし、あらゆることが停滞した昨年の状況から、新たに動き出すことを前向きに捉えようと。また10年経ってパンもいろんな発展をしてきているので、パンの魅力について、もう一度出逢いたいという思いも込めています。
表現としてのパン
黒崎 この10年の間で、パンの立ち位置が多様になってきた一方で、わたしたちの暮らしの中で、パンっていうカテゴリーがしっかり確立されているんだなっていうのを実感しました。高級食パンの誕生とか、インパクトありますよね。
間中 それは本当に大きいなと思います。あとはマイクロベーカリーというか、自己表現の一つとしてパンっていうものがあって。それぞれのパン屋さんで全然違うし、パンに人柄であったりポリシーを感じられる。ライフスタイル、生き方の表現としてパン屋さんをはじめる人が多くなってきたのかなと思います。青山パン祭りは、そういう表現としてのパン、みたいなところにすごく注目をされていますよね。
黒崎 2018年の春からテーマに掲げて今も大事にしていますが、それが、表現者としてのパン屋さんの探求を続けていくことです。パン屋さんがどういう思いで一つのパンを作り上げていくか、パンで何を表現してるんだろうかっていう部分を、小麦、酵母、水、塩といった素材であったり、職人さんの技術によって作り上げていくところに注目して、シンプルなんだけれどもストーリーがある奥深い作品と捉えています。だからこそ、わたしたちがパン屋さんとお客さんの間に入って、どうすればその作品の魅力をもっと伝えられるか、そのお手伝いをしたいなと思っています。
間中 職人さんのこだわりを食べ手にどう伝えるかというところで、いろいろな視点や立場からの発信が求められているんだと思います。パン屋さんのことを丁寧に掘り下げている青山パン祭りの取り組みは、見ていて素晴らしいなと思ってました。
黒崎 わたしたちが主役であることはなくて、パン屋さんがいて、買いに来てくれるお客さんがいて成り立っているので。あくまで繋ぎ役として、出逢いの場をつくることでより伝わるものがあると考えています。根底に「パンが好き」というのがあるからこそ、こういうイベントとかコンテンツがあったらテンション上がるよねっていうところを常に考えますね。
間中 具体的に青山パン祭りではどうやって伝えているんですか。
黒崎 例えば美術館をテーマにして、パンをつるしたり、写真を撮りやすいように横一列に並べて、パン好きたちが1個ずつ写真を撮っていくとか。パンが回ってるレイアウトも展示で作りました。
今回の12月11日、12日はFarmers Marketのテーマ企画として、日々の食卓に馴染む美味しいパンが集う『Good Bread Market』として開催します。野菜や果物、オリーブオイルやチーズやハム、ジャムやバターなど、パンのお供として「あったらいいな!」と思える食材を揃えて。ホリデーシーズンも近いので、シュトーレンもあったり、パンを贈り物として届ける企画も考えてます。時間がない中でどれぐらいの出店者さんと一緒に盛り上げていけるのか、少し不安なんですけれども、特別な気持ちで今、進んでいます。
間中 シュトーレンは、わたしたちも去年特集して、食べ比べとかもやったんですけど、それぞれお店の個性があってとても印象的でした。Good Bread Marketすごく楽しみです。
コロナ禍のパン祭り
黒崎 青山パン祭りは、コロナ禍がなければ春と秋に必ず開催できていたと思うので。今、もどかしいですよね。ただそのおかげで、と言ったらあれなんですけれども、ECサイトを始めるきっかけになりました。
青山パン祭りとFarmers Marketが一緒に企画した、パンと野菜の朝食セットというオンラインショップ(現在不定期で開店)です。つながりのあるパン屋さんだけではなく、農家さんであったり、八百屋さんが、苦しい状況の中でロスが生まれたり、どうしても残ってしまうことがあって、それを少しでも解消しようとはじめました。そもそもパンだけで食べてる人って少ないんじゃない?というところから、何と何を合わせたらパンがよりおいしく食べられるか、発想がすごく広がりましたね。
間中 世田谷パン祭りも、昨年はオンライン開催だったので、番組をつくって配信したりECもポータルサイトのようなかたちで運営して、パンセットやシュトーレンの販売をしました。コロナ禍という状況で、そうせざるを得なかったところはあるんですが、いつもはイベントに来れないような全国各地の方が参加したり買っていただいたりして、とても反響がありました。
黒崎 確かに今まで足を運べなかった方たちが、オンラインを通してパンを購入してくださっていて。送り状をを書くたびに、北海道から九州まで、しっかり満遍なくいろんな人に届けられているんだなっていう実感もあってとてもうれしいですね。
これからのパン祭り
間中 コロナ禍で様々な変化があったと思うのですが、これからどんなことに取り組んでいきたいですか。
黒崎 前回の青山パン祭りをコロナ禍で開催するにあたって、パンが残ってしまった場合のことをとても考えていました。緊急事態宣言下ということもあって、集客できなかった場合、パンはどうなってしまうんだろうと。それがロスパンに対して深く考える機会になりました。ロスパンとは、まだ食べられるのに廃棄になってしまいそうなパンのことです。やむを得ず廃棄になってしまうロスパンをオンラインで販売しているチームと一緒に企画を立てて、マーケットで残ったパンをその場で買い取って、その場で発送をするっていう取り組みをしました。これをきっかけに今後もロスパンの取り組みはしていきたいなと思っています。
間中 世田谷パン祭りでも2019年にフードロスのことに取り組もうということで、残ったパンを買い取って企業の福利厚生として社員の方に食べてもらう試みにチャレンジしました。今年は、フードドライブという取り組みをするんですけど、ご家庭で使わない食材などをパン祭りに持ってきて寄贈いただいて、それを社協さんを通して必要な方たちに配ってもらうことになっています。
黒崎 社会課題との接点みたいなものは、どうしても意識しますよね。
間中 そうですね。それもこの10年の間の大きな変化かもしれません。緊急事態宣言は明けたものの、イベントに行っていいのか不安や疑問もあると思うんです。実際に来てくれる方たちがこのイベントに参加するモチベーションを、いろいろな視点で見出してくれたらいいなと。買い物して楽しかった、おいしいものを食べた、プラス社会に貢献できるようなちょっとしたアクションに参加してもらえたらと、いろいろと試行錯誤しています。
黒崎 パンを買いに行くだけじゃなくて、学びの要素とか知るきっかけだったり、いろいろなことを感じ取れるマーケットですよね。
青山パン祭りは、Farmers Marketがあるからこそ続いていると思っていて。今回のGood Bread Marketでは、これまでのように年に数回の〝お祭り〟というよりも、日々美味しいパンをお届する〝マーケット〟として定期的に開催することを目指しています。
間中 青山パン祭りは、パン屋さんとの距離が近くて、マーケットの一体感がすごく良かったのでGood Bread Marketも盛り上がりそうですね。パンを軸にしたコンテンツはどんどん可能性が広がっているように思います。世田谷パン祭りでも、これまで以上に学びや体験を充実させていきたいと思っています。
11年目の今年を新たなスタートだと捉えて、次の10年を見据えながら、地域とともに成長していきたいですね。
アフタートーク
黒崎 世田谷パン祭りでは毎年パン大学をやってますよね。これは参加したくなります。
間中 ぜひ来てください。どんなところに興味がありますか?
黒崎 『オウチで簡単!パン飲みの愉しみ方』とか『SUNDAY VEGANへの取り組み』がとても気になります。パン屋さんがビーガンに注目されているのであれば、どんなものを作るんだろうと。
間中 世田谷パン祭りには実際、来られたことはありますか?
黒崎 はい、行ったことあります。すごい並びました(笑)
間中 それだけはもう、本当に申し訳ないです。
黒崎 でもその並び方さえもしっかり整備されてるのは、すごく見習いたいなっていつも思ってます。
間中 ありがとうございます。今年はコロナ禍を経ての開催になるので、導線や並び方もいつも以上にしっかりと配慮して、皆さんに安全に楽しんでいただきたいですね。
黒崎 パン祭りはたくさんのパンに出会える機会なので、いろいろと勉強になりますし、個人的にもとても楽しみなんです。
間中 黒崎さんは普段からよくパンを食べるんですか?
黒崎 そうですね。普段からよく食べてます。あと旅行に行く際、パン屋さんを軸に地方を選んだりすることもあって。コロナ前は鹿児島県にパン屋さん目当てで行かせていただいて、そのまま小麦を作ってる農家さんのところも見学したりして。そういったことを通してパン屋さんとか生産者さんとのつながりはすごく強くなりますね。日本中いろんなパン屋さんに出向いて食べたいなっていうのはあります。
間中 まさに「パン好き」ですね。見習いたいです。
黒崎 バゲット一つでも、朝の食べ方もあれば夜の食べ方もあるし、いろんな食べ方が楽しめる。だからパンの在り方って生活の中ではとても大きいですね。と言いながら、じつは朝はパン派ではないんですけれど(笑)。
間中 ぼくは正直、全然素人でして。世田谷パン祭りを始めた頃はパンのことをあんまり知らなくて、好きなパンといえばあんぱんでした。いまはハード系のパンも好きですし。パンをお取り寄せしたりして。だから世界は変わったな、と思います。幅広くいろいろなパンと付き合える。
一方で、パンだけじゃなくてお米も好きなので、いつかパン祭りでおにぎりもやりたいって気持ちがあるんですよ(笑)
黒崎 いいですね(笑)
青山パン祭り
2013年発足。渋谷・青山を中心に、こだわりのパン屋さんが集う「青山パン祭り」は、2018年春より『表現者としてのパン屋さん』の探求を続けています。パン屋さんは、パンで何を『表現』しているのか?どんな想いが、その一つのパンに込められているのか。小麦・酵母・水・塩の材料と職人の技術によって生まれるパンは、シンプルでありながら奥深い作品です。たとえ同じレシピでも、作る人、仕込む環境が変われば、全く違う作品となるのがパンの面白いところ。豊かな食体験をぜひ感じていただきたいと思います。

2009年、地域を盛り上げるために世田谷区内で数十年ぶりとなる新規の商店会発足に尽力。街の魅力を知ってもらうために世田谷パン祭りを2011年に企画し、現在に至る。三宿にあるハンカチ専門店H TOKYOオーナー。

富山県出身。北陸の海や山の幸に恵まれながら育ち、現在、畑や山から届く旬の食材のおいしさを伝えている。彩り豊かなケータリングチーム「コズミックキッチン」を主宰する。雑誌や撮影現場、イベントなど多くの場で活躍中。パンが好きで、青山パン祭りの運営企画を担当している。企業、病院、飲食店のオリジナルレシピ作成、 商品開発を携わる。
Instagram:@cosmic.kitchen_catering / Facebook :@cosmickt