パンメーカーが取り組むアップサイクル

今年のテーマ「サーカス」の語源は「サーキュラー(=循環)」に由来すると言われています。世田谷パン祭りは、「サーカス」という楽しい一面だけでなく、「循環」という視点も大切にしています。フードドライブの実施やごみの分別の徹底、ロスパンを活用してオリジナルビールをつくるなど、さまざまな形で“循環”に取り組んできました。
今回、パンを使ったビールで初出店となるのが「Better life with upcycle」。“アップサイクル”を冠したビールづくりの物語について、ディレクターの吉岡謙一さんにお話を伺いました。
100年以上続く、地域のパン屋
世田谷パン祭り(以下、パ)_「Better life with upcycle」というブランド名が目を惹きますが、パンを使ったクラフトビールを手がけているんですよね。しかも運営母体がパン屋さんということで「世田谷パン祭り」そして「循環」というテーマとも非常に親和性が高いと思いました。
Better life with upcycle(以下、B)_私たちは1923年創業の「栄屋製パン」という、100年以上続く地域のパン屋です。パン屋といっても、いわゆる街のベーカリーのように店舗を構える小売店ではなく、工場でパンを製造し、学校給食や各種事業者に卸しているパンメーカーになります。

パ_これまで世田谷パン祭りの出店者は、店舗を構えるベーカリーが中心でした。規模も製造プロセスも異なる製パンの世界は、とても興味深いです。
B_そうですね。街のベーカリーとはまったく異なる業種です。私たちの仕事は、職人というより「エンジニアリング」に近い。決まった品質のものを、安定して必要十分な量だけ供給することが求められます。かつては学校給食が取引先の大半を占めていましたが、今ではパンを使っていただける専門店、スーパーマーケットなど様々な事業者の割合が半分ほどになっています。
メーカーとしての新たな挑戦
パ_パンメーカーがビールづくりに挑戦したのは、どんなきっかけだったのでしょうか。
B_きっかけはコロナ禍でした。業績が一時は90%も落ち込んでしまい、新たな取引先の開拓と並行して、新しい事業の立ち上げにも喫緊の課題として取り組むようになりました。
私たちの原点には「食べる人に喜んでもらいたい」という強い想いがあります。その想いを突き詰める中で「必ずしもパンでなくてもいいのでは?」と考えるようになったんです。もちろんパンは主軸にありますが、もっと広い視野で“食”の可能性を追求してもいいのではないかと。
パ_アップサイクル以前に、新しい事業の可能性を模索していたわけですね。
B_はい。パンを原料にしたビールの事例を知り、すぐに惹かれました。パンをそのまま原料に使えること、その相性の良さに可能性を感じたんです。
パ_確かに、ビールは「液体のパン」と呼ばれるほど原材料や製造工程が似ていますね。世田谷パン祭りでも、ロスになったパンを活用して、アップサイクルビールをつくるプロジェクトを行ってきました。
アップサイクルという“魔法”
B_たとえばサンドイッチ用のパンを出荷したあとには、切り落とした“パンの耳”が大量に出ます。これまでは家畜の飼料として再利用していましたが、重さにして製造量の約4割が飼料になってしまう現実に、もどかしさを感じていました。
この“パンの耳”は品質が安定していますし、ビールの原材料として申し分ありません。飼料にするよりも、ビールにすればもっと多くの人に喜んでもらえる。パンメーカーだからこそ、やる意味があると思ったんです。
パ_確かに、ビールづくりはパンメーカーにとって理にかなった選択ですね。会社の経営状況、製造過程で生まれる未利用資源、そしてパンというプロダクトの特性、それらが重なってビールへとつながったわけですね。
B_パンという一度完結した生産ストーリーから、別のプロダクトの原材料に生まれ変わり、新たなストーリーを紡ぐ。それは私たちメーカーにとって、まるで“魔法”のようなスキームだと思いました。その感動をブランド名にも込めていて、アップサイクルの可能性を追求したいと考えています。

ビール醸造、その先へ
パ_自社で醸造所まで持つに至った経緯など教えてください。
B_2022年に委託醸造でテスト販売を行い、反応が非常に良かったこともあり、事業化へ本格的に動き出しました。ひとり新事業部でやっていたこともあり不安もありましたが、醸造を担当してくれたブルワーさんにも「絶対やった方がいい」と背中を押されたんです。当時(2023年頃)世の中に、クラフトビールの醸造所は十分すぎるほどありましたが、“サステナビリティ”という観点では、私たちの取り組みは新しく意義のある挑戦だと感じています。
パ_パンメーカーが新規事業として“ビールメーカーにもなる”というのは、大きな決断ですね。
B_何より、わたしたちのビールはすごく美味しいんですよ。そこは自信を持っていて。だからこそ、きちんと事業として形にすべきだと考えました。コンセプトに共感してくれたメンバーと一緒に準備を進め、2024年2月に醸造免許を取得し生産を開始しました。
パ_今回、世田谷パン祭りに出店されたのにはどんなきっかけがあったのでしょう?
B_心はパン屋なんですよね。パンがビールに生まれ変わること、その楽しみ方を知ってもらう機会にしたいと思いました。パンとビールの“マリアージュ”も提案していきたいですね。
技術者は「良いものを作れば売れる」と考えがちですが、それだけでは半分しか達成していない。きちんと伝え、体験してもらう場をつくることが大切だと感じています。

パ_今後、モノを売るのはますます難しくなるでしょうね。
B_パン屋だけやっていたら気づけなかったことなんですが。良いものであること、伝える力があること、ブランドのイメージを作り上げることが、これからの時代にモノを売っていく、興味を持ってもらうために必要だと思います。
パ_これから「Better life with upcycle」はどんな展開を考えていますか?
B_ビールづくりはまだ始まったばかりです。生産量をもっと増やしたいですし、直営店もつくりたい。さらにパンを使ったジンづくりもはじめています。現在は委託製造ですが、すでに蒸留設備も準備しています。うちの工場は「B&D(=Brewing&Distilling) Lab」といって、はじめから蒸溜酒も視野に入れた計画を持っていました。
パ_蒸留までやるのはすごいですね。パンの可能性もまだまだありそうです。
B_外部の生産者さんとも、もっと連携を広げていきたいと考えています。いちご、伊予柑、はちみつなど、価値があるのに十分に活かされていない素材をどうやって届けるか。やはり作り手の思いに共感するので、なんとかしたいんですよね。
また、アップサイクルを“きちんと社会実装して収益化”できている例はまだまだ少ないと思います。いろんな分野に分散しているので、プラットフォームのようなものをつくって発信したりアピールができると良いですね。
パ_まさに、アップサイクルを通じて“暮らしをより豊かに、楽しくする”取り組みですね。パンとビール、その先の広がりにも期待しています。

Better life with upcycle
神奈川県海老名市下今泉 1-19-13
https://upcycle-beer.com