今回の世田谷パン祭りでは、アーティストEAT&ART TAROさんの作品『今こそ嫌いなパンの話をしよう』を開催します。この参加型の作品では、誰でも気軽に嫌いなパンのことを話せるのですが、今なぜ「嫌い」な話をするのか。EAT&ART TAROさんにお話を伺いました。

食でアートって何だろう

世田谷パン祭り(以下、世パ) 食べものとアートを結び付けての活動は、長くされているんですか。

EAT&ATR TARO(以下、TARO) もともと料理人をしていて。食とアートについて何かやりたいなと思ったので、取りあえずEAT&ARTっていうホームページを作ったんですけど、そこから20年以上たちます。

世パ 料理人って職人気質の方が多いと思うのですが、アートをやろうという人は、あまりいないんじゃないでしょうか。

TARO 食とアートというもの自体やってる人がいなかったですね。和食の料理人をしてたんですが、業界誌のグラビア撮影とか手伝ってて、きれいな料理や盛り付けに対して「これってアートだよね」みたいな会話が起きるわけです。昔から現代アートが好きだったので、これは僕の知ってるアートと違うなと。なんか違うけど、うまく説明できないし、みんながこれをアートだよねって言ってるのが解せなくて。

世パ アートと言ってもずいぶん意味が広いですからね。

TARO じゃあ、食でアートって何だろうと考えたときに、よく分からないから自分でやってみるしかないと思って、もやもやしながらホームページを作ったんです。それでしばらくはケータリングみたいなことをしてたんですよ。ギャラリーに出入りして展示のオープニングとか、そんなことしながらウロウロしてたら、作品作ってみませんかってお話をいただいたんです。

世パ ウロウロしてたら声が掛かったんですね。どんな作品を作ったんですか?

TARO 柏の葉キャンパスシティっていう、つくばエキスプレスの駅があるんですけど、ちょうど開通したばかりで、商業施設と新築のマンションしかない、古い住人が一人もいない変な町だったんです。それで、町づくりをしようっていう企画の中でアートプロジェクトに呼んでもらえて。『おごりカフェ』というカフェをつくりました。レジが1個しかなくて、メニューがあって、これ下さいってキャッシュオン式で先にお金を払うんですけど、受け渡し場所に行くと、ひとつ前の人のオーダーが出てくるんですよ。自分でチョイスしてお金を払ったのに、自分の買ったものは次の人におごることしかできない。

世パ お客さんはそれを認識した上でカフェに?

TARO そう。こんなのやってますっていって。ほぼ逃げていきますけど、やってくれる方もいて。知らない人同士が並んだりすると「こんにちはコーヒー飲めますか」みたいな会話が起きたりとか。レジが空いてると、なんか買って次の人が来るのを座って待つわけですね。全然知らない人が俺の頼んだのを食べてる、みたいなのを見たり。声を掛ける人もいるし、かけない人もいるし、不思議な距離感がありましたね。知らない人からおごられるってあまりないことだし、ちょっと仲よくなる。大量にオーダーして、次に来る人を待ってる人がいたりとか。

世パ コミュニケーションのきっかけを生む装置を作ったってことなんですね。

TARO 別に造形物があるわけでもなくて、強いて言うならルールを作ったというか。それを町中で動かしたっていうこと自体が作品で、そこに参加してくれる人がいないと成立もしない。おいしいものにこだわったりするのも楽しいんですけど、普通のレストランでは生まれない食文化とか、経済として成立してないけど面白いことが起きるっていうのが、本来いっぱいあるはずで。そういうことをいろいろ試せるのが、アートの魅力だなと思ってます。

世パ 世田谷パン祭りの今年のテーマは『パンの未来』なんですが、その中ではコミュニティーみたいなことも考えていて。例えば共同窯があると、みんなでパンを焼いて、そこにコミュニティーが生まれるとか。パンを分かち合うことで繋がるとか。食を介したコミュニケーションにはとても注目しています。

嫌いなもの

世パ 今回の企画『嫌いなパンの話』について教えてください。

TARO 今はすごく共感する時代だと思っていて、SNSのいいねとかも基本共感ですよね。それもいいんだけど、人と初めて会ったときに共感し合えないことも全然あって、それはそれで楽しいし、嫌いなものの話を聞くことも仲よくなれるコミュニケーションだと思っています。だから知らない人とそんな話をしたいと思ったんです。

世パ とても興味深いですね。

TARO 「嫌いなものの話」はART WEEKという展覧会で一度やった作品で、展示中に僕がずっとそこにいて、来場者にひたすら嫌いなものの話を聞くっていう。直接対話して深く聞いていくと、なかなか面白い話が出てくるんですよ。

世パ 食べものの好き嫌いって生まれ育った環境とか、家のごはんとか、すごく個人的な背景がありますよね。

TARO 例えば、おばあちゃんの作ったみそ汁がめちゃくちゃしょっぱくて、苦手だったっていう人がいたんです。大学に行くまで、みそ汁というのは具だけ食べて汁は飲まないものだと思ってたらしいんですが、それが大学の食堂ではみんな飲んでて衝撃を受けたっていう話をしていて。どんなおばあちゃんだったかすごく気になりますよね。そういう、ピンポイントな話がいろいろ出てくる。

世パ 今回はパン縛りですね。

TARO 嫌いなものというより、食べれるけどチョイスしないなとか、買いにいっても一回も手を出したことないんだよなって、絶対ありますよね。そんな話ができたら面白いなと思っています。

世パ そう言われると、いつも買うパンは限られてる気がします。

TARO 個人の経験とか嗜好とか。それが分かり合えないところが面白くて楽しい。良い悪いじゃなくて、みんな違うっていうのが大事だと思うんですよ。それを確かめ合いながら、コミュニケーションが取れるのはすごくいいなと思ってます。

世パ パン屋さんもゲストで参加いただきますね。シェフも来ますし、パンの専門家の方も来る予定なので、興味深いなって思ってます。

TARO 分かり合えない人とどう楽しむかって、すごく大切だと思っていて。政治の話とかだとけんかになっちゃうと思うんだけど、パンでこんな話ができたら平和だし。嫌いって言ったり、言われたりする練習が必要なんですよね。言われても、そういう人もいるよねって思えたり、すごく大切なスキルだと思います。

おいしいの求めかた

世パ パンに限らず食の未来について、期待されていることや、考えていることがあれば教えてください。

TARO みんなおいしいものを食べたいと思うんですけど「おいしいって何だろう」というのが、変わっていったらいいなっていうのはあります。おいしいを決める要素って、いろいろあって。もちろん素材がいいとか、料理人がいいとかあるんだけど、それ以外の要素も、本当にたくさんある。好きな人と食べたらおいしくなっちゃうし、いいものを食べたって嫌いな人と食べたらまずくなっちゃうし、状況によっておいしさってすごく変化するんですよね。
おいしいものの追い求め方っていうのが、社会の変化とともに変わっていくんじゃないかなと思っていて。それは、お金をかけるだけじゃないし、希少なものを食べるだけじゃない。それぞれのおいしさがちゃんとあるから、無理のない美食の求め方みたいな方向に変わっていくほうが、世の中いいなと思ってます。

世パ おいしさの基準が広がれば、その求め方も広がるということですね。

TARO そう。おいしいとか楽しいものの価値観や基準がもうちょっと幅広く、お金の面でも、環境の面でも、自分自身にとっても負荷が少ないものに変わっていくほうが楽しめるんじゃないかと思います。パンのいいところは、自分で焼いて食べたら、また格別だったりするじゃないですか。自分で作れる面白さがある。

世パ そういった価値観の変化を実際に感じることはありますか?

TARO 例えば、魚が持続可能じゃなくなってきていて、環境に大きな負荷をかけてまで、それを食べなくてもいいんじゃないかとか。健全に働いてちゃんとお休みを取ってる人の作ったものを食べたほうが、幸せな気持ちになるんじゃないかなとか。そういう視点でおいしさを選択できるようになってきてますよね。

世パ 世田谷パン祭りの出店者さんには、有名シェフのこだわりのパンや人気のパン店もありますし、すごくローカルなご当地パンみたいなのがあったり、いろいろあります。パンは作り手の個性がそのまま率直に反映されるのがとても面白いなと思っていて。そういう違った個性を楽しんでもらいたいですし、買うだけじゃない楽しみも用意したい。音楽を聴きながら公園でパンを食べられたり、いろんな人の話を聞けたり、TAROさんの作品に触れて新しい価値を知ったりとか、そこがこのお祭りの大事な役割だなと思っています。

TARO 現代アートの面白いところって、いい作品に出会うと、戸惑ったり心揺さぶられたり、よく分かんないものに出会う悦びあるんですよね。そうやって価値を動かしていくことがアートの面白さなので、食もパンも価値が固定されずに、みんながそれぞれのおいしいものを求められるような未来になっていくといいんだろうなって思います。

EAT&ART TARO(アーティスト)
調理師学校を卒業し飲食店勤務を経てから、ギャラリーや美術館などでケータリング、カフェのプロデュースなどを行う。その後はアーティストとして、食をテーマにした作品を制作。これまでに、自分で購入したものが次の人のものになってしまう、おごることしかできないお店「おごりカフェ」や、瀬戸内海の島々で作った「島スープ」など食をテーマにしたものを多数発表している。大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ、瀬戸内国際芸術祭など地域の芸術祭などで多く活動している。

『今こそ嫌いなパンの話をしよう』
日時:10月29日(土)30日(日)11:00-16:00
場所:東京栄養食糧専門学校(世田谷区池尻2丁目23-11)
*予約不要・無料
https://sbf2022-kirainahanashi.peatix.com/
みなさんにざっくばらんにお聞きした嫌いなパンのお話はTwitterと連動します。
会場でみなさんに聞いた、嫌いなパンの話をまとめてつぶやいていきます。


2016年、瀬戸内国際芸術祭で開催した『ALL AWAY CAFÉ』の様子。
カフェのスタッフ全員が、英語も日本語も母国語じゃない日本に来たばかりの外国人。オーダーが通らないので、携帯で調べたり、身ぶりで伝えたり、大混乱が起きる。全員がAWAYな状況で、伝わらないことから生まれる摩擦を楽しむ、すごく面倒くさいカフェ。