初夏、ある日の午後、世田谷パン祭りの企画会議が行われました。これまでに何度もご一緒しているパンのスペシャリスト、パンラボの池田浩明さん、パンコーディネーターのひのようこさんにお集まりいただき、最新のパン事情やこれからのパン祭りについてお話しいただきました。

最近どんなパンが流行ってる?

寒河江
パンの新しいジャンルや、もともとあったけどまた再燃してるものとか、最近の動向はどんな感じですか?
池田
ベーグルとかスコーンとかマフィンとか、流行ってますよね。
寒河江
確かに、ベーグル、マフィン、スコーンとか専門店が増えてきて、目にする機会が増えたかも。
池田
ベーグルって冷凍できるから、通販でまとめ買いして毎朝食べる人が多い気がしますよ。Instagramも影響してて。映えるベーグルを作ってInstagramでたくさんのフォロワーを獲得する方も多いですね。SNSのおかげで家庭でベーグルを焼いていた人がスターになれるようになりました。
ひの
ベーグル屋さんが作ってるサンドウィッチの具が、ちゃんと素材の組み合わせとかお料理みたいな感じで、おいしいところが増えた気がします。お菓子系でいうと、パン屋さんのカヌレもありますね。
寒河江
カヌレ、ここまで市民権を得るって思ってなかったです。
ひの
私たち世代だとカヌレブームって第3か4ぐらいです。繰り返しやってきて。
池田
カヌレって普通に美味しいですよね。時々食べたら、結構美味いじゃんってなってリピートする。
ひの
お店ごとに味の違いとかが楽しいですし、手土産に人気ですよね。
池田
あとはサワードウが流行ってますね。西海岸でコーヒーと一緒にサワードウも食べたり、そういうカフェの文化が結構盛り上がってきて。スコーンとかマフィンもそうだけど、フランスからじゃなくてアメリカからなんですよね。
ひの
若い子たちが懐かしいって言って買ってるあんバターも引き続きあるんじゃないかと。スタイリッシュ系のパン屋さんにもあんバターがあって、人気商品になってるのが面白いなと。昔ながらのコッペパンにあんことバターじゃなくて、スティックとか、ちょっと生地感が変わってくる感じ。
池田
カフェとかでもやりやすいんですよね、コーヒーに合うし。

粒活(ツブカツ)しよう

ひの
白い生地と、雑穀とか全粒粉とかの濃い茶色系の、生地の二極化っていうのがあって、粒々が入っているものは、より粒々になっている気がしてます。
池田
健康志向ってこと?
ひの
健康っていう面もあると思うんですけど、味も浸透してきたのかなと。私は、粒活って言ってるんですけど。
池田
それいいね、粒活。
ひの
粒々のパンが大好きで。ヨーロッパでもお店の人気商品を教えてもらうと粒々が入ってるパンが人気ですって。ぎゅ、むちっ、外はかりかり、みたいな感じ。
寒河江
みんなで粒活やりましょう。
池田
粒活って腸活になる。食物繊維があるわけだから。あとおかずと合わせたときにおいしいパンなんだよね。サンドウィッチとか今までは白い食パンだったのが、ライ麦とかそういう穀物が入っているパンが増えてる。
寒河江
日本のパンの消費者ニーズが高まってきたからこそ、いろんなパンのお店が増えたり多様化して、受け入れられる土壌ができてきたのもあるのかなと思います。
池田
雑穀系とかそっちがおいしいっていうのは世界的な流れになってますね。健康にもいいし、おいしいし、そういうのをかみ締めて食べるのがいいよっていう。

作り手の変化について

寒河江
パン屋さんが増えてきてる中で、差別化とかも考えながら、皆さんやってると思うんですけど、何か作り手側の変化みたいなものはあるんでしょうか。SNSを意識して、映えな感じのところもすごい増えたなっていう印象はあって。
ひの
映えなところも増えたし、あとは一見地味なパン、カンパーニュとかだったりするんですけど、通販でとっても人気です。Instagramだけでやられてるようなお店とか。
池田
通販はコロナ以降はすごく流行って、いろんなお店がやるようになった。
ひの
パンセットや詰め合わせとかはもともとあったと思うんですけど、カンパーニュとかがすぐに売り切れるみたいなのって、Instagramならではの世界観というか。よりターゲットが狭まったところにちゃんと刺さるし、届くようになってますよね。
池田
それに関連した話でいうと、薪窯も流行ってるんですよ。山奥とかにあるから、通販で経営をしていかないといけない。そういうのもInstagramでできるようになった。
ひの
今までだったらお店出すにあたって、人口が多い町とか通行量がとか言ってたけど、そういうのを選ばなくても商売が成り立つっていうのは、すごいなと思ってます。
池田
例えばレストランでも、今はわざわざ旅行して行かないと食べられないお店のほうが人気だったり。パンもそういうふうになってて。薪窯とか、小麦が採れるからとか、そういう所でのびのびやるみたいな流れはありますね。東京一極集中から変わってきて、地方でカンパーニュやサワードウを、地元の小麦で焼くっていう。

フレッシュな小麦の話

ひの
小麦の話を聞かせてください。
池田
いま新しいパン屋さんとか、みんな石臼を持っていて、農家さんから小麦を買って、自分で挽く。新鮮さにこだわった「フレッシュミル」っていうムーブメントとして捉えてます。もともと西海岸からきてるんですけど。挽きたてのほうが、おいしいし、香りもいいし、酸化してないので栄養価も高いんです。
ひの
そこからやっちゃうんだ、みんな。
池田
そういう時代になろうとしてる。それで、パン職人さんや小麦生産者さんたちといっしょに立ち上げたNPO法人新麦コレクションでは、「61 SIXTY‐ONE」っていう小麦を使った取り組みをやってるんですよ。埼玉で無農薬の小麦を買って、埼玉で挽いて、埼玉のパン屋さんに使ってもらう。
埼玉の新麦解禁日10月1日を機に、世田谷でもフレッシュミルをはじめようと思っています。埼玉から世田谷の小さな製粉所に小麦を持ってきて、挽きたてのSIXTY-ONEをすぐに東京のパン屋さんに持っていく。世田谷ってパン屋さんが多くてレベルが高いじゃないですか。挽きたての小麦をすぐに使えるようにプロジェクトを始めます。世田谷パン祭りの中でも、小麦から自分で挽いて、挽きたてのおいしさを体験できる「小麦粉を自分で挽いたらめちゃくちゃうまかった件 -製粉体験ワークショップ-」を開催しようと思ってます。
寒河江
小麦の鮮度って、みんな感じたことがないと思うから、ひきたての小麦で何かを体感してもらうとすごく違うんでしょうね。
池田
すごく違いますよ。実はミルサーやコーヒーミルでもできるんです。それでパンケーキとか作ったらむちゃくちゃ美味い。粒々してるし。それが粒活いいなって言った理由で。流行らせたい。
ひの
おうどん屋さんとか、おそば屋さんとかは、昔から自分のお店で挽いてるところがあるじゃないですか。パン屋さんも、そういう風になってくるってすごく面白い。
池田
小麦それ自体が美味いんですよ。だから野菜みたいな感じ。すごい価値変化が起きましたね。

13年目の世田谷パン祭り

寒河江
世田谷パン祭りは13年目になるんですけど、イベント自体が育ってきたなっていう実感はあるんです。その中で、これからパン祭りやパンイベントって、どういうふうにあったらいいのかなっていう、立ち位置だったり、存在意義みたいなものってどうお考えですか?
池田
僕は、パン祭りの意味は、買うことじゃなくて、集まることなのかなと思っていて。世田谷パン祭りに、どういう人が来るのかを考えると、パンマニアというよりも、パンも好きで楽しみたいという人なんですよね。だから、マニアに向けてやり過ぎちゃうと、ちょっと見誤るのかなと。
間中
パンを買うだけじゃない、イベントに参加することの楽しさ。パンの良さも知ってもらいながら、そこで1日過ごせる緩やかな空間を共有したいというのはあります。その中にトレンドとか、マニアの方がぐっとくるポイントとかも置きつつ、パンっていいよねみたいなところを再認識してもらえたらなと。
ひの
去年、私が感じたのは、家族連れの方がすごく多いこと。
池田
それはうれしいよね。家族で来て、1日過ごせるのはね。
ひの
あとパンラジオ好評ですよね。スタッフで入ってた方達から結構連絡いただいて。売りながら聞いてましたって。
池田
ポッドキャストとか、何てことない話をみんな聞いてたりするじゃないですか。ああいう感じがいいと思うんですよね。
寒河江
集うって意味では、もっと出店者同士のつながりができるようになると良いなと。
池田
パン屋さんって意外と横のつながりがなくて。他のパン屋さんと知り合う機会が少ないんですよ。
ひの
特に同世代の人を探してますよね。ライバルとかじゃなくて仲間みたいな感じ。方向性が一緒の人。つながりたい人がつながれる場になったらいいんじゃないかな。
間中
世田谷パン祭りを100年後も続くお祭りにしたくて。出店者さんも、サポートスタッフも、みんなが毎年ここに集ってまた会える、そんな場所にしたいっていうのが、ずっとありますね。


おまけの雑談

企画会議の傍らで、話はいろいろな方向へと広がって、大いに盛り上がりました!

パリ、ニューヨークロール

寒河江
フランスは今どんな感じでしょう。パンは、日本とまた全然違うんですか?
ひの
今回ブリュッセル、アントワープ、パリ、ロンドンって行ったんですけど。一番並んだのが、セドリック・グロレさんっていうところで、2時間並んだんですけど買えなかったんです。みんなすっごい並んでるんですよ。
池田
(スマホの写真を見せてもらいながら)すごい!
ひの
そこで人気なのがクロワッサンとか、パン・オ・ショコラ。とにかくすごく層のきれいなルックスの美しいクロワッサンなんですね。パリの他のお店も、そういう繊細なクロワッサンとか、おいしさプラスデザイン性で「キャーッ」てなるような、かわいさみたいなのがあるなと。
池田
フランスから来るのは、そういうクロワッサン系だと思います。
ひの
バター折り込みの生地で、デザイン性があるやつっていうのが流行ってる。ニューヨークロールっていう中にクリームが入ってて、トッピングされてる円形のクロワッサンとか。
池田
あれは流行ってるよね。クリームを後から注入するもの。ドーナツブームもクリームが中に入ってる。

バゲット流れ旅

池田
雑誌で築地にバゲット持ってく企画やったことあるんですよ。バゲット流れ旅みたいな。バゲット1本持って、いろんな所に行くっていう。包丁1本じゃなくてね。
ひの
面白そう。
池田
卵焼きとか刺し身とか、いろいろ。西京焼きとか。
寒河江
確かに。いっぱいありそうですよね。
池田
コロッケとか、肉屋でいろいろ買い込んだり。そういうのでもっと漁港とか行きたいですね。
ひの
いいですね。挟んでくれたらいいな、サバサンドとか。
寒河江
楽しい。それやります、私も一緒に。
ひの
みんなでこうやって。しゃきんって、背中からバゲット出して。
池田
家の近所から自分の好きなパン買ってきても良さそう。
寒河江
ちょっと変な人だと思われちゃうんじゃないかな。
池田
思われますよ。
ひの
池田さんがほら、もう、変な人だから。

世田谷パン祭り企画会議 参加メンバー

池田浩明(パンライター、パンラボ主宰、NPO法人新麦コレクション理事長)
著書『池田浩明責任編集 僕が一生付き合っていきたいパン屋さん。 』(マガジンハウスムック Hanako特別編集) 、『パンのトリセツ』(誠文堂新光社) など。雑誌連載『Hanako』。ネット連載 朝日新聞デジタル&W『このパンがすごい!』 など。

Instagram:https://www.instagram.com/ikedahiloaki
Twitter:https://twitter.com/ikedahiloaki
YouTube:パンラボ

ひのようこ(パンコーディネーター/こんがりパンだパンクラブ主宰)
1999年にパンサークル、「こんがりパンだパンクラブ」を立ち上げ。以来、300回以上のイベントを開催。パン屋さん巡りやイベント開催を通して、「パンと人をつなぐ」をテーマに活動中。おいしいパンを求めて国内外に旅に行くのが趣味。
メディア掲載:「マツコの知らない世界 袋パンの世界」、「ヒルナンデス!」等

世田谷パン祭り実行委員から
間中伸也(世田谷パン祭り実行委員長)
寒河江麻恵(世田谷パン祭りPRディレクター)
赤塚桂子(世田谷パン祭りデザイナー)